高校交換留学を陰で支える人たちの存在理由:「The Giving Tree」をもう一度…【2026年10月19日号】
そんな時代ですが、現在もまだ「高校交換留学を陰で支える人たち」は留学生・ホストファミリー・ホストスクールの良好な関係を保つため「縁の下の力持ち」となってそれぞれの立場の人の話を聞き、必要な時には間に入って仲裁するなどしながらプログラムを支えています。「誰かの幸せのために...」と、何かトラブルが発生すると、関わっている全ての人たちが満足できる解決策はないかと頭の中はあふれかえる問答で満杯状態。そして寝る時間も削り、自分の生活を犠牲にしてでもベストなサポート方法を見つけようとする人たち。時にはなかなか問題の解決に至らないと、結果が出るまで責められ続けたり…でも何とか着地点が見つかり、皆がハッピーな気持ちになった時に「幸せ」を感じます。
「感謝されなくてもいい、自分の存在が誰かの役に立てばそれだけで満足」というプログラムを陰で支えている人たちは「リンゴの木」ではないでしょうか?この「リンゴの木」の精神はAIに引き継がれていくのでしょうか?
そしてAIは結果が出た時に「よかった!」と幸せを感じてくれるのでしょうか?
今一度、この絵本から高校交換留学を陰で支える人たちの気持ちを感じてくださると嬉しいです。
Once there was a tree… and she loved a boyとストーリーは始まります。
この大きなリンゴの木は遊びに来る小さな男の子が大好きで、男の子も木のことが大好きで、毎日木に登ったり、ブランコをしたり、リンゴを食べたり、落ち葉を集めて草冠を作って森の王様ごっこをしたり、疲れると木陰でお昼寝をしていました。しかし、男の子は大きくなり、たまに木のところにやって来て
「いろいろな物を買いたいからお金が欲しい」「家が欲しい」「遠くに行ける船が欲しい」とリンゴの木におねだりをするようになります。リンゴの木はそのたび、男の子がお金に替えられるようにリンゴを与え、家を作れるように枝を与え、船を作れるよう自分の幹を切って与え続けました。男の子に何かを与え続けることでリンゴの木は幸せでした。そして、ストーリーの最後は、年老いた男の子が、すべてを彼に与えてしまい、切株しか残っていないリンゴの木のもとに久しぶりに現れるシーンです。
訪ねてきた男の子に「ごめんね、もう自分には何も与えられるものがない。本当にごめんね」と謝るリンゴの木に、男の子は「もう何もほしくない、何もいらない、ただ静かに休みたいだけ」と告げます。
それを聞いたリンゴの木は嬉しそうに「だったらこの切株に腰掛けなさい」と自分自身に残ったすべてを男の子に与え、”And the tree was happy”で幕を閉じます。
男の子に「与え続けること」で幸せを感じることのできるリンゴの木、そして、与えられるものを素直に受け入れ、自分では気付いていない大きな愛をお返しに与えている男の子。この絵本と出会った瞬間から「他に与え続けるGiving Tree(リンゴの木)のような生き方をしたい」と心から思ったものでした。そしてその後、高校交換留学プログラムとかかわっていくうち、たくさんのGiving Treeのような方々に出会いました。時には自分自身の生活を犠牲にし、必要とあらば昼夜を問わずに留学生のために動きまわり、自分に相手に与えられるものは何なんだろうと常に考え、「異国から来る高校生たちに素晴らしい思い出を作ってあげたい」「留学生とホストファミリー双方に素敵な時間を過ごしてほしい」という思いに満ちた交流団体のスタッフやコーディネーターたち。そして、無償ボランティアで留学生を受け入れてくれるホストファミリーの方々の多くもまたGiving Treeでした。ある日本のホストファミリーは、一所懸命お世話した留学生が本国に帰国してから全く音沙汰がなく、でもある時、その留学生だった子の知り合いが来日し、そのご家族に元留学生の近況と伝言を伝えた時「あ〜よかった。あの子、元気で頑張ってたんですね。本当に嬉しいです!」と、その留学生から全く連絡がなかったことを責めたり愚痴るのではなく、「いつか会えると信じています…日本に来たら私たちでできること、何でもやってあげると伝えてくださいね」とまでおっしゃってくださいました。
このりんごの木と同じように「与え続けること」で幸せを感じる人たちにとっての一番の喜びは、自分が誰かのために必要な存在でいられること、そして何らかの「ありがとう」の気持ちを相手から感じ取れる瞬間なのではないでしょうか。



































